アマゾンvs楽天と、ゲリラビジネスが生み出す「真の多様性」。

はじめてブログを一日二回も更新してしまった・・・・まあ発売日だしいいか。

実は発売日なんですが、いきなりアマゾンさん在庫切れ・・・・ってこれはいいことなのか悪いことなのか。

なんか2、866円で売ってる業者さんがいる(笑)

凄いな、目ざといというか、そりゃ品薄が予想される有名な人の本ならともあれ、どうやって発売日の夕方に既にこの本をフッかけて売る体制を作れたんだろうか?ちょっと気になる。

アマゾンの予約注文数を検索できて、そこから先取りするのかな。

ひょっとすると、新刊本はアマゾンでは品薄になりがちだけど都内なら本屋さんで普通にまだ買えることが多いという特性を利用して、新刊で在庫切れのものは全部出品登録をして、在庫は抱えずに、注文あったら本屋で買ってスコーンと郵送っていうビジネスを乱れ打ちにやってる人なのかな?

どちらにしろ商魂たくましいとはこのことですね。頑張っていただきたいです。



で、まあ、アマゾンが売り切れてるってこと自体がどういうことなんだろうか?リアル書店分の需要をアマゾンに誘導しすぎて齟齬が起きてるだけじゃないか?とか、そういうことを考え始めると複雑になるし土地勘なさすぎてよくわからないんで、まあ、


単純に、「在庫分が一日でハケルほどには売れてるんだな!」と単純に考えることにしよう

と思った。プラス思考プラス思考(笑)

お買い上げいただいたみなさん、ありがとうございます。

今からお買い上げ予定の方は、ネット書店だと
http://books.rakuten.co.jp/rb/21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%96%A9%E9%95%B7%E5%90%8C%E7%9B%9F%E3%82%92%E7%B5%90%E3%81%B9-%E5%80%89%E6%9C%AC%E5%9C%AD%E9%80%A0-9784061385122/item/11550165/
楽天ブックスさんなどには在庫があるようです。

あと、全国の大きめの本屋さんでは、結構平積みで展開していただいているらしく、案外普通に買えるみたいなんで、もし良かったら覗いてみてください。

都会の大きな本屋さんでは、今注目のレーベルなんで、友人の友人とかの書店員さんでも、友人が僕の本の話をしてくれたら「ああ!あの星海社新書から?」って感じなんですけどね。

僕は今ちょっと田舎に住んでるんで、近所の小さな本屋さんではなかなか星海社新書の新刊本が見つからなかったんですよね。

昨年9月に創刊してから毎月発売日には本屋さん回ってたんで、これでも、過去10作の著者さんたちと星海社のみなさんの奮闘によって、目に見えて徐々に扱いが大きくなってきたのを感じてはいるんですけど。

駅前の小さな本屋さんや、ロードサイドの中型店にはまだ入荷しないけど、最寄りの巨大ショッピングモール内の本屋さんには毎回数冊は入荷するようになってきた。

ただ、それでも近所にはなかなかないという感覚を星海社新書の発売日には毎月感じてたんで、このウェブサイトとかでは、「ぜひアマゾンで予約してください」って言いまくってたんですけど。

そしたら、人によっては月末まで到着しないとか言われた人もいるらしく(予約したタイミングによって違うようで)、一方都会の本屋さんには結構平積みされてることが多いらしく、なんか妙に気をまわしてミスリードしちゃったのかな?とか反省してます。



なんか、「消費者」としての自分からすると、アマゾンってほんと便利でいいなあ!!って思って今まで使ってたんですけど、なんかこう、実際に自分が商材をそこに載せていく段になると、なんか・・・・

事実上デファクトスタンダードみたいになってるんだから、もうちょっときめ細かに対応してくれてもよくない?みたいな感じが。

いやまあ、立場変わったら突然勝手なこと言いやがってって感じですけど(笑)

勝手なことついでに言うと、つい最近楽天の三木谷社長のウェブインタビューを読んで、「なんかいいなあ」とか思っちゃったんですよね。

なんか、昔は楽天の英語公用化って話が出た時に、「そんなことよりやることがあるだろーがよぉ、ケッ」みたいな感じがあったんですよ。当時の僕には。結構くすぶった気持ちもあった時期なんで。

でも、上記のウェブインタビューを読んでる限りでは、なんかちゃんと「空気」に配慮しながら実行していこうとしてる感じがして、いいなあと思った。

英語公用化ってなったときに、ちゃんと

「英語下手な人の言いたいことをちゃんと英語うまい人が引き上げてやらなくちゃダメだ・・・っていう了解が明確にある」場合に限れば、案外英語公用化って凄く良い部分がある

と思うんですよ。

通すべき意見の選択が、英語の上手さによるんじゃなくて、業務自体における必然性ベースでやるんだという強固な文化が成立しているならば

ね。(もちろん、公用語化するんだからみんなが英語うまくなろうとするってことも一方で大前提なんだとしてもね)

そしたら、国外とのコミュニケーションがスムーズになるってだけじゃなくて、

普段の仕事で余計なことしなくなるシンプルさが生まれる

と思うし、そうはいってもちゃんと具体的なビジネスを「日本国内の職場のクオリティ」で回し続けなくちゃならないってなったときに、

日本国内の”本当の事情”を、自分たちなりに英語化する


ことができるようになるといいよね。これができたら超最高だよね。

英語が達者な人は国内の本当の事情をわかっておらず、国内の本当の事情をわかっている人は英語が苦手・・・・っていう状況を繋ぐってこと自体が、いわゆる「21世紀の薩長同盟を結べ(楽天ブックスのリンクにしたった 笑)」ですからね。

単純に帰国子女で英語ができる人が何人かいりゃ済むという問題じゃないんですよね。

明治維新後に当時の知識人が次々と新しい日本語を作っていくことで文明開化が起こったような、そのレベルのことが必要なんですよ。

言ってみれば、

「新しい自前の英語の使い方を発明する」ってぐらいの作業が本当は必要

なんですよね。

「どっちかの事情だけを押し通すものにしないためには」

っていう意味においてはね。

逆に、「日本国内だけの事情を、ちゃんと損なわずに英語化する」っていうプロセスを、国内の日常業務をネタにしながら、「帰国子女的に英語が出来る人」と「超ドメスティックな人」との間で濃密に起こしていければ、それはかなり「本質的な意義のある試み」と言えると思う。



で、全然違う話題のようで、「構図」的に似ている話として、アマゾンと楽天の違いって何かな?って話を考えるとね。

基本的に、やっぱアマゾンの方が凄く整理されてますよね。

キッチリと明快な共通フォーマットがあって、そこから外れたものは一切許さない。

でも、それだと、ゲリラ的に小規模な一点もののビジネスは実現しづらい部分もあるじゃないですか。

そういうところで楽天は、各地の名産の一点もののグルメ商品とかね、そういう分野でワラワラワラ・・・・っと湧いて出てくるような多様性があって、そこが強みと言える。

その分結構サイトがグジャグジャしてて、「スマートな文明人」タイプの人からすると(笑)使いづらいし怪しく感じてしまう。今は違うのかもしれないけど、広告メールもやたら送ってくるっていうイメージが染み付いちゃってるし。

で、これをひっくるめて、

「アマゾンの方が消費者目線のビジネスになっている。楽天は出店者の都合を優先している」

っていうふうにまとめちゃうと、なんか・・・・まあ、僕もちょっとそういう風に思ってた部分もなくもないんで、調子良いこと言うなよって感じではあるけど、ちょっと見逃している点もあるのかなと思ったりする。

今の楽天がそれをちゃんと提供できているかどうかは微妙だけど、しかし

「本当の多様性」をちゃんと市場に還流させるためには、「アマゾンに比べれば楽天的なもの」をうまく使っていくことが必要だ

・・・・っていう部分はあるよね。



アマゾンみたいに、フォーマットがガッチリ決まっていて、空欄を埋める程度のアピールしかできないものっていうのは、やっぱある程度カタログ化された商品しか扱えないんでね。

楽天の個別店舗のサイトみたいに、縦に妙に長い怪しげなサイトにしたら、そういう「カタログ的なもの」じゃないものも売れる。

うちの会員さんで、そういう小規模事業者の商品のセールスレターを、成果報酬型でバシッと書くことだけ一本の会社を経営してるヤツがいるんですけど。

僕としては、炊きつけて独立させた手前、どんどん順調に黒字化していってくれてるのが凄くほっとする事案なんですけどね。

そもそも彼が会社員を辞めてそれ一本で独立したってこと自体が、「アマゾン的なもの」でなく「楽天的なもの」の可能性そのものって部分もありますよね。

世の中が「アマゾン的なもの」だけで満ちていると、働く側としても、「既にあるフォーマットを埋めていくような仕事」しかできなくなってくる

からね。逆に、

楽天(に限らず楽天風のサイト)でやってる場合は、自分がどういう思いでどういうことを大切にやってきて、こういう人にこの商品を使って欲しい的なことを切々と語ることができる。

そうやって、

「他のどれでもなくその商品がほしい」っていう人を集めることができるし、で、そこからある程度囲い込む形で顧客基盤が安定してくると、大会社だっていつ潰れるかわからない時代には、むしろ一番安定している経済基盤と言ってよくなるぐらいの可能性がある

んですよ。

一発ドカーンと、東京発のマスコミに取り上げられて大ブームになって、その後すぐ忘れ去られるみたいなんじゃなくてね。

初期段階を、ネット経由で着々と関係を作っていって、で、顧客基盤が確実になってって、年間何回かでもいいから消費してくれるファンがいる、そこに商品だけじゃなくて、定期的に冊子的なものも送っていくような関係を維持している・・・・っていう、そういう「縁の繋がり自体が資産」みたいになっていくのが一番強いはずなんですよね。



で、時代が下るにつれて、


「自分探し的世界観」とかね、「自己実現欲求」みたいなのは凄く高まっているにも関わらず、「仕事の作り方」の場面が、今のところ「あるフォーマットに自分を合わせていくもの」しかない・・・っていうギャップが、あらゆる先進国の経済不調の根底にある

んですよ。

要するに、みんな


「働き手」としては、「既にある会社組織」「既にある仕事の形」に、群がってる


んですよね。でも、


消費者としては強烈に、「他とは違う自分だけのもの」っていうのを求めてる

んですよ。

でも、商品を作る段階で、作り手は、「フォーマットに合わせる」文化しかないんで、だから巷に溢れている商品はほとんどが「既存のフォーマットをなぞったもの」にしかなってない。

それでも経済の規模を保ってないと「働き手側としての自分たち」が困るから、次々空騒ぎはしてみるんだけど、ココロの底に、なんかこう・・・・違うくない?みたいな気持ちは残ってしまう。



糸井重里さんの「ほぼ日」で、この記事が凄い面白かったんですけどね。

このシリーズ、どれも面白いんですけど、特にこの回はほんと読んで絶対損しないんで、一回読んでみて欲しいんですけど。

三陸とれたて市場っていう、「普段門外不出の、地場の漁師だけが食べてたメニュー」を、そのまま直販で提供しようとしているサイトについての話。

こういうのって、「フォーマットが既にあるアマゾン型のサイト」じゃなかなか売りだしづらいんですよ。

でも、独自のサイトを作って、独自の試みをやって、自分たちの特色を前面に出した売り方を工夫していったら、

「(一般的に言えば)変なものを提供する人」と「(一般的に言えば)変なものを欲しがる人」が”直”につながる可能性が生まれる

芸能人の名前で始めたミルクキャラメルに一気にみんなが群がって、何年かしたらすぐ下火になる・・・っていうタイプじゃないような。

「マスコミ的文脈を離れた一点ものの自分たちならではものを提供する供給側」と、その「(一般的に言えば)変なものを欲しがる人」との間で、持続的な顧客関係が、近所に住んでるかどうかという地理的制約とは関係ない形で無数に生まれていく。

こういう形の仕事が次々と生まれてくると、今の「経済市場」に提供されている商品とは桁の違う「多様性」が生まれるんですよ。

そしたら、


今の時代の一番決定的に不足しているニーズ=「自分らしさを感じたい」っていうのを、マスコミ的に嘘くさく演出したようなものじゃない形で、働き手側も消費者側も享受できるようになるんで、働くのってツライねえって風潮も消えてくるだろうし、そもそも底堅い需要が常に存在し、かつ需要が変なブームに集約されずに分散して常に湧き上がるようになるんで、バブルに強いタフな経済になる

んですよね。

そういう転換を、これから起こしていくのが、日本の今の最大の課題なんですよ。僕の本はそういうムーブメントの起点となるように持っていきたいと思ってるんですよね。



ただ、最大の問題はね、マスコミ的でない文脈のところで、「自分たちだけのもの」っていうのを押し出していくと、「怪しくなる」ことなんですよね。

さっき書いた、「セールスレター請負業」をやってる彼の会社のリンクをここで貼らないのは、マスコミ的な場で本を出して、そこから流入しているこのブログに彼の会社のリンクを貼ると、読者の価値観によっては「怪しすぎる」「詐欺っぽい」ように見えてしまうリスクがあるからなんですね。

そういうところで、「文化に合わない流入」を準備なしに突然大きくすると、色々と大変なことがあるんですよね。粘着質な批判者がついて、それへの対応に忙殺されてるうちに自分たちの本来の強みを見失っていって既存顧客が離れて行ったりとか。

でもやっぱり、多少「怪しい」ぐらいの味付けのサイトの方が、先鋭性が高くなるんでキャッチーに顧客を捕まえられるんですよ。特に小規模でやってるビジネスの場合は、そういうのが必要なんですよね。

実際、彼が請け負った店は、「凄い注文来ますから、ちゃんと準備しておいてくださいね!」って口酸っぱく言ってても、たいてい注文に追いつかなくなって大変なことになる・・・・らしいですからね。

ただ、そういう文化の場所には、彼みたいな良心派だけがいるわけじゃなくて、相当詐欺っぽいことをしている人たちもいるんですよ。

で、大航海時代の最初は海賊と海運業は紙一重みたいなところがあったように、とりあえず「そこに商流を生み出す技術」をみんながある程度まで習熟するまでは、「怪しい世界」で「怪しい人達」の研鑽をやって文化を熟成していってもらうことが必要だったところはあるんですけどね。

でも、それそのままだと、やっぱり「ほんの一部の好事家の文化」のままで終わってしまうんで、そこに全く新しいタイプの市場が巨大に生まれてくる(一つのプレイヤーがブームを起こすんじゃなくて全国の無数の小規模ビジネスが無数の個人顧客と縦横無尽につながっていくような)・・・ってまでにはいかないんで。



で、その「怪しい世界」と「怪しくない世界」の間を繋ぐためにね、やっぱアメリカって存在は非常に「便利」なんですよね。

実は最近、星海社が、アメリカのGumroadというサービスを使って、電子書籍を直販してるのを見たんですけど。

Gumroadについて解説してくださっているブログ。

これってちょっと新しい?のかな?いや、大手じゃ自社システムでやってるのが普通なのか?

まあ、れっきとした出版社なのに、こんな小規模クリエイター用のサイトで売ったってのが新しいのかな。

でもね、これ、小規模ビジネス向けのクレジット決済代行サービスなんですけど、日本国内の、こういう「情報起業代行サイト」的なのって、凄い「怪しい」印象になるんですよね。僕は気にせず使ってたけど(今は中止中です)、でも、そこに踏み込める人の種類はちょっと限られてるかなという気がする。

でも、アメリカのベンチャーがやってるってなると、なんか「クールで最先端なビジネススタイル」って感じになるのが不思議っ!!と思った(笑)。

なんか、アイフォン、アイパッド、ツイッター、フェイスブック、Gメール、タンブラー、エバーノート・・・・系の何かみたいに感じる(笑)

あと、「ノマド」とか、ああいうキーワード風(笑)

そういう印象の違いについて、日本人としてちょっと忸怩たる思いがないかというと凄くあるんですけど、まあでも上手いこと利用してやればいいかなって思うんですよね。

一回、「アメリカンなシステム」が「土着的な繋がり」を切断してくれるからこそ、「スッキリした形で本当の力が出せる」って世界はどうしてもあるからね。

(ついでに言うと、このサイト、日本国内の”いわゆる情報起業ASP”より明らかに手数料安いです。このへんでサクッと負けてしまうところがなんというかかんというかですね)



楽天が、「アマゾンにはない多様性の強み」に磨きをかけて、新しい世界を作っていけるのか?それとも、「グーグル検索+個人ホームページ+個人向けクレジット決済代行+宅急便的な直送システム」っていう、「さらにゲリラ的な組み合わせ」によって駆逐されるのか?

それはわかりませんけど(楽天さん頑張ってください)、とにかくネットの可能性を、「消費者として」じゃなくて「働き手として」もっと享受していく時代はまだまだこれから始まるんだと僕は思ってます。

「アメリカンな仕切り」が日本社会に浸透すると、「密着してお互いを縛り合っていたからこそできた密度感」は一回寸断されてくるんですけど。

でもだからこそ、その「アメリカンな仕切り」を、「アメリカ人よりも圧倒的に上手に使える可能性」が、これからに日本人には生まれてくるはず。

なんせ、過去にどんな発明も、発明者がびっくりするぐらい精緻に使いこなして、ほとんど別のモノみたいなのにまで高めるのが日本人のお家芸だったわけじゃないですか。

アマゾンやグーグルが示してくれた理想を、「日本人の日常の現実感」のレベルまでしっかり翻訳して、そこから立ち上がってくる「無数の新しいゲリラビジネス」・・・・そういうのが、今後日本からは生まれてきますよ。

とりあえず、第一歩として僕の本を読んでください(笑)。



いわゆる「商店街的なもの」を守ろう・・・・ってなったときに、やっぱ一緒くたに既存左翼的手法でなんとかしようとすると、本来そこにあるべきダイナミズムが損なわれてみんなで沈むことになるんですよ。

凄いやる気ある人と、もう正直辞めたいけど惰性でやってる人と一緒になってるからね。で、惰性でやってる人が3割いる商店街で、2割ぐらいムッチャやる気な人がいても全体として凄い風通しが悪い印象になるんで。

だから、むしろ政策的に「商店街的なものを守る」ってなった時には、惰性でやってるけど辞めたいと思ってるんだけど自宅兼店舗だから動けない・・・っていうような人の退出をサポートするとかね、そういう方向であるべきなんですよね。

ちょっと前にブログで書いたけど、うちの母方の祖母は商店街で店やってたんで、感じが凄いわかるんですけどね。

神戸の震災をキッカケに廃業したんですけど、もし惰性で続けてても、僕の従兄弟二人は明らかに継ぐ気がないし、ほんとボケ防止のためにやってるって感じになってたはずなんですよ。

でも、僕の高校の後輩で、神戸の三宮の高架下でバーをやってるヤツがいるんですが、そいつはテレビCMもバンバンやってる「みんなが知ってる大企業」に勤めてたんですけど、ずっと店をやってた母親から、「これからの時代サラリーマンやってたって先がないから店やりなよ」って言われて店始めたんですよね。

↑これ、もし僕の従兄弟に無理やりその商店街の店継がせてね、隣に僕の後輩がやってるバーがあったりしたらね、もう始まりの時点で熱意というかやる気というかが全然違うじゃないですか。

こういう二者が、既存左翼的思想家のロマンティックな自己満足のために一緒のカゴに入れられると、どの人の本来の力も発揮できなくなってツライことになるんですよ。

でも、僕の従兄弟は普通にサラリーマンになって、で、結構幸せにやってるしね。僕の後輩のバーはいついっても人がいっぱいだしね。

「ひとそれぞれ」ってのを本気でやりきったほうが、絶対誰しものためなんですよ。



「ひとそれぞれ」っていうものを、もっと完全にバリバリに徹底しきったところに立ち上がる新しい文化・・・・をね、ネットは可能にしてくれてるんですよ。

今までのIT企業って、まずは「道路を作った」とか、そういうものですからね。「道路を使ってどこへ行こうかという模索」が始まるのはこれからなんですよ。

ウェブのの可能性が、表現とか言論とかそういうレベルで物事を変えたのが「ウェブ2.0」だったとすると。そういうのは基本的に「消費者側(と一部のIT関係者だけの働き方)の体験が変わった」んですよね。

無数のマイクロビジネスが、「今までとは全然違う繋がり方」を生み出していく、

・・・・「普通の人の働き方」が変わっていく・・・・


のはこれからです。

「ウェブ3.0」

と言ってもいい。

楽天の英語公用化もね、

「グローバルなものを導入することによって、ローカルなものの本当の力を発揮できるようになる」

っていう形になるんだったら、ぜひやるべきだと思うんですよね。

結局、ナアナアな幻想に浸ってたって、そもそもそれは「本当に自分たちが望んでる世界なのか」って言うとそうでもないとこあるしね。

今のところ「グローバリズム側」にいる人の中に、「国内側の本当の事情を理解出来る人」がほとんどいないから、国内派としては意固地になってでも守らなくちゃいけないものがどうしてもある・・・・てだけの話ですから。

「グローバルなもの」が、英語にしろネットにしろ入ってくることで、「日本の中間集団」には凄くダメージになってるんだけど、「日本の個人」には物凄い可能性がどんどん付与されてってるところがあるんで。

今は、「長州藩側(グローバリスト側)」と、「薩摩藩側(アンチグローバリスト側)」の間で罵り合ってるだけなんで、その真価は発揮できてませんけど。

「自分たちの本当の良さをちゃんと出していくためにこそ、グローバルなもの、システム的なもの、英語的なものをガンガン利用するんだ」

ってなっていけば、日本人の奥底にある「物凄い多様性」が一気に開花していくニューエコノミーが到来しますよ。

両者の罵り合いを超えた、「新しい関係」を、はじめましょう。

それが21世紀の薩長同盟なんですよ。


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