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イケメンじゃないスター=メッシvsイケメンなスター=ネイマール

「サッカーという文化とグローバリズム、その中での日本代表だけでなく日本経済の戦い方」というようなテーマでネットに連載をしてるんですけど(第1回第2回第3回第4回)、今回のテーマはちょっとイロモノ的ですが、「スター選手」と「イケメン性」についての分析です。

本田選手は4年後も中心選手でいられるか?

「サッカーという文化とグローバリズム、その中での日本代表だけでなく日本経済の戦い方」というようなテーマでネットに連載をしてるんですけど(第1回第2回第3回)。

最後の日本代表vsコロンビア戦、グウの音も出ない形で負けてしまった日本代表ですが、敗因という意味で大きくくくれば、第2回で書いたような「現代日本のアドレナリン過剰な組織マネジメントの問題」ゆえの、攻めはするけど攻め切れない決定力不足ということになるように思います。

また、「なぜそうなってしまうのか?」をより深く理解するには、第1回で書いたような、「日本国内の”野球的文化”との矛盾があって腰が定まりきらない」という問題があって、でもだからこそ「サッカーが分析的に捉えられる世界的トレンド」ゆえに日本代表の今後の活路もあるはずだ・・・という話が重要であるように思います。

そして、今後4年間を占う上で決定的なのが、「勝ち切れないビミョーな戦い」を勝ち切る決定力を持つ「スター選手」とはどういう存在なのか、について書いた第3回の内容でしょう。

というのも、本田選手が今後どういう存在になっていくのか・・・が、今後4年間の日本代表チームがどうなっていくのか?に大きく影響を与える『選択』になるからです。

ギリシャ戦のような”ビミョー”な試合の打開策は?

ワールドカップ期間中に、「サッカーという文化と日本の未来」についての色んな角度の分析を連載としてネットに書いているんですが(第1回第2回)、今回のテーマは「いわゆる”スター選手”vsデータ分析思想」です。



20日朝に行われたワールドカップ一次予選、日本対ギリシャの試合は、「ビミョー」な試合でしたね。

決勝トーナメント進出を目指して起死回生にかける日本代表は、高いボール支配率を保ち、常時攻めてるっちゃー攻めてるんだけど・・・いやなんかこう・・・・ねえ?あんまり入る気がしないっつーか・・・

と思っている間に終わってしまい、その日の色んなテレビ局の色んなニュースでは色んなキャスターや色んなコメンテーターが色んな感想を述べていたんですけど、みんな判で押したように一様に「うううううん」的な唸り声から入る感じで。

残念だった!けどなんか・・・いや、失点はしなかったんだし、ボール支配率も高かったし、自分たちのサッカーができた・・・と言っていいのか?いやしかしね・・・なんかこう・・・・「ビミョー」な不完全燃焼感が・・・・

サッカー日本代表の敗因はアドレナリン過剰?

前回、「サッカーだけの国」にはない本能的な難しさが日本代表にはあるが、逆に「野球も強い国だからこそのサッカーの強さ」を追求すれば他にない強みになるしそれは経済の復調にも繋がるという話をしました。

それはつまり、各人の「役割」が明確にあってしかもそれが当然のごとくみんなに承認されている野球文化と、常に色んな可能性がありえて「周りの承認」とか関係なく個人で決断し続けることが必要なサッカー文化・・・との本能的なギャップに苦しんでいる日本代表は、常に「サッカーだけの国」に比べて「意識して意識してアタマで考えて」なんとかやっている・・・という要素があり、それが「調子が良い時の瞬間最大風速的な”良い攻撃”と、緊張の糸が切れた時の突然の脆さにつながってるのではないか」という話でした。

しかし今後、サッカー自体が物凄くデータ的に分析される傾向が強まることによって、「サッカーが野球的なスポーツに近づいてくる世界的なトレンド」があることから、そこに日本代表の未来の活路があるだろう・・・・という話などについては、前回の記事を参照いただければと思います。

さて、今回はより詳しく前回のコートジボワール戦についての話と、サッカー代表チームだけに限らず最近の日本の「組織マネジメント」における「アドレナリン過剰」の問題について詳しく考えてみます。

サッカー派と野球派はなぜ仲が悪いのか?

前回は余談に入って任天堂ゲーム機vsソニーゲーム機だとか妖怪ウォッチだとかいう話になってしまったんですが、気を取り直して、ワールドカップに合わせて「サッカー文化とは人類にとって何なのか」という大上段な論考を書きます。

サッカーというのは不思議なスポーツで、ワールドカップに出てない年でも、期間中はお祭り騒ぎになるほどに人気な国があるかと思えば、逆に特にアメリカ人なんかはいまだに、「ワールドカップ?ああ、やってるらしいね。ところでアメリカって出てるんだっけ?(最近ずっと出てますよ!)」的な人が結構いたりする人気の偏在っぷりが特徴です。

日本人の間でも、なんとなくWBCとワールドカップはオリンピックと同じノリで応援する(けどそれぞれのスポーツについて普段は全然気にもしない)・・・という層を除けば、「俺は明確に野球ファン」だという人で「熱心なサッカーファンでもある」人はかなり少なく、その逆も真であるようです。

任天堂ゲーム文化からのドラえもん的希望=妖怪ウオッチを応援したい

ワールドカップ始まったし、「サッカー文化と野球文化の違い」はどういうところにあって、その両方に強くなろうとしている日本のあるべき姿とか、サッカー文化とは人類にとって何なのか?といった大きな話まで、連続で文章を書いてみようと思っていたのですが。

その手始めに、時にネットで喧嘩のネタになるという意味において、サッカー文化と野球文化との対立は、ソニー製ゲーム機VS任天堂ゲーム機的な対立感情に似ている部分があるな・・・などと考えていたら、最初はまず全然違う話題からはじめることになりました。

あなたは、最近話題の「妖怪ウォッチ」というゲームをご存知でしょうか。レベルファイブという福岡の会社が作った任天堂3DS用ゲームで、発売当初はそれほどではなかったものの、アニメなどとのクロスメディア展開から大化けして、今や関連おもちゃの入手困難さが色んなニュースになるほどの存在・・・らしいです。

私がこれを知ったのは、最近甥っ子がウチに来るたびに私のヒザの上に乗ってタブレット(ちなみにソニー製!)でアニメ版「妖怪ウォッチ」を一緒に見たがるからで、最初は正直結構面倒クサイ思いを持っていたんですが、これが大人が見ても笑えるんですよ!

30分番組の前後半で別の話をやってるので、正味10分ちょっとで一つの話なんですが、大人が見るお笑い芸人さんのコントとかでもこれほどのクオリティで笑える話ってなかなかないんじゃないか・・・というぐらい笑えます。すごい。