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年末年始にすぐ読めて中国の今が物凄くわかる本の紹介

歴史的「合意」に湧く日韓関係ですが、その背後でより大きな問題になっているのが中国ですよね。ついこないだ日本を抜いて世界二位になったかと思えば、今や名目GDPでは日本の二倍を超える規模になり、しかし色んな意味で「お騒がせ」な存在であることは変わらず、東アジアの局地的な問題ではすまない全世界的に巨大な問題になっている。たまたま今私が書いている本でも、全然中国関係の本じゃないのに、「中国のことについてのある程度の見通し」を持っておかないと書けないな・・・と思う部分があったので、色んな関係本をまとめて読むことになりました。その中で、軽く読める本なのに、読む前と後とで全然違う「中国がわかった感」が感じられた本があったので、今回のブログはそれを紹介しつつ、中国は今後どうなりそうか?、そして日本及び諸外国はどう彼らと関わっていくべきか?について考えてみたいと思っています。

日本は言いたい事全部言った方が韓国と仲良くなれる!

この記事は、テロが当たり前になった時代に、それでも理想を諦めないとしたらどういう「正義」を考えるべきか・・・という連続記事の一環です。(この記事単体でも読めます)今回は、「正義についての古い考え方」が解決の根本的障害となっている日韓問題について、この連載の考え方を敷衍してみます。タイトル見て「そもそもヤツらと仲良くなりたくないわ!」と思ったネット右翼さん、あなたのその気持ちも全部面と向かってもっとぶつけていくようにしたほうがむしろ良くなるはずだという話です(現状すでにそうしているともいえますが、そのことによって日韓関係は混迷を極めているようで実は本当の相互理解へ向けて動いていってるんだという話だと捉えても良いかもしれません)。韓国人がよく、「日本人はココロの底の本音を隠して上辺だけニコニコしてるから信用できない」と言うたぐいの話をします。いやいやあんたらはむしろ全部出しすぎやろ!と私たちは思うわけですが、そういうレベルのすれ違いというのも、案外馬鹿にはできないところもあるように思います。漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の有名なセリフに、主人公のジョナサンの大事なオモチャを愛犬ダニーがくわえて離さなくなっちゃった時に、彼の父ジョージ一世が、「それは無理やり引き離そうとするからだ」ということで、以下のように教えるシーンがあります。逆に考えるんだ。「あげちゃってもいいさ」と考えるんだ。 この問題に関して言うと、こうです。ジョジョ、逆に考えるんだ、嫌われちゃってもいいさ・・・と考えるんだこれは、やけくその、もうあいつらなんか知らないもんね!けっ!というような話ではありません。むしろ、テロが常態となっていく世界のあたらしい不安定さの中に、「今の時代に必要な本当の相互理解ってなんだ?」という真摯な問いの結果として出てくるソリューションなのです。今回はそういう話をします。

「テロリストとも話せば分かる」は本当に実現できるか?

「テロリストとだって話せば分かる、酒を酌み交わせばわかる」的な理想主義について、まあ無理なもんは無理だという現実は認めた上で、理想を諦めないためには何ができるだろうか?ということを考える記事を書きます。

結論から先に言うと、

酒を酌み交わせば理解しあえるぜ!というのは、自分以外の誰の人生についても、たった一時間酒飲みながら話せる程度の事情以外は俺は勘案しないよと言ってるようなもの

なので、

本当に話せば分かるを目指すなら、世界の見方全体を変えようとする必要が出てくるんだ

・・・ということになろうかと思います。

では以下本文です。

テロが当たり前の時代の『あたらしい正義』について。

フランスのテロ事件は、今まで「その話は公的には黙殺することで現代社会を成り立たせていた」問題をすべて白日の下に晒しつつあるように思います。

ベイルートの死者は無視なのに、パリで死者が出たら全世界が大騒ぎするってどうなんだ?という話は、事件以前だってずっと「リアルに存在する大問題」でしたが、事件前にこんな話を堂々とフェイスブックで言い出したら「はいはい中二病」扱いで黙殺されていたようなことです。

それが今や、全世界的にホットな話題になり、”キャッチーでファッショナブルな範囲で”堂々と扱える内容になった。(余談ですが私は少年時代”にザ・イエローモンキー”というバンドが好きで、こういう問題を扱った彼らの有名な歌詞をネットで酷評されまくっていたのを見ていたので感慨深いものがあります)



また、「テロをする人間にはテロをする人間の正義(あるいは少なくとも”切実な事情”)がある」という話と、「テロリストをちょっとでも擁護することはそれ自体許されないことだ。たとえどんな事情があってもだ!」という立場には、どちらにもかなりの真実性が含まれているように思います。

正義が一元的なものではなくなり、いろんな正義があり、それぞれが必死にその正当性を主張している。その「主張」は、言葉によるものに収まらなくなり、デモならいいけどテロにすらなるようになっている。

こんな時代に、「正義」という言葉を私達はどう考えたらいいのでしょうか?

三色旗でテロ追悼することは中東に対して失礼か?

お久しぶりの投稿です。次の本の原稿が完成するまでソーシャルメディア絶ち!とかやってるうちに半年もたってしまいましたが、一応原稿できたのでネット活動再開します。(出版の続報についてはまたいずれお知らせします)再開一回目の話題は、パリでのテロについてトリコロール(フランス国旗の三色旗)を掲げて弔意を表すことは、中東の人に対して失礼なのではないかという議論について。今日久々にフェイスブックに入ったら、いろんな友人がこういう方向の意見を述べていました。

大阪都構想の投票結果について『分析』より大事なこと。

大阪都構想の住民投票は、物凄い僅差で否決されましたね。

個人的には結構ショックを受けて、数日ネットで何かアップするような気持ちにはなれなかったんですが、その後多くの人の分析や論評記事を拝読して、その分析自体には「ナルホド」と思うと同時に、あまりにも「この混乱した大阪の状況自体をどう好転させられるのか?」についての感覚があまり湧いてこない状況は良くないんじゃないかという気持ちを持つようになりました。

コンサル会社では、「分析としては面白いけど、どう打ち手に繋がるわけ?」というような手厳しい(笑)、でも本質的な指摘が上司からよくされます。むしろ混乱が増して前に進めなくなるような分析なら、いくら正しくても無い方がいいんじゃないかというような文化です。

まあ、そういうのはマジなアカデミック的には不誠実な態度ということになるのかもしれませんが、しかし、ただ分断をさらに煽るだけになる方向性しか示されないのは、誰のためにもなってないのではないかというように思いました。

目次は以下のとおりです。
1・データの見かけと「そこにある本質」とのギャップを考えてみよう
2・粗い分析で対立を煽るより「実感」からのポジティブな話を
3・「細雪的調和」のタイミングを両派で睨みながら押し出して行こう
4・みんながええようにいったらええなあ


1・データの見かけと「そこにある本質」とのギャップを考えてみよう
まず、少し脇道にそれますが、考える題材として非常に重要なことだと思うので、境治氏というコピーライターの方が書かれたネットフリックスというアメリカ企業に関する記事の話をします。

ネットフリックスはアメリカのVOD事業(ネットで注文するとネット配信でその場で映画とかが見れる)の巨大ベンチャーなんですが、彼らはユーザーの試聴履歴を解析して「あんたこういうの見たいんじゃないの?」というオススメを出すことで、既にユーザーの注文のの7〜8割がオススメから来ているほどらしいんですが、なんとそれだけの精度のオススメをデータから出しているのに、ユーザーの「属性情報」は一切取ってないそうです。

つまり、男性か女性か、何歳ぐらいか、どこに住んでいるのか・・・というような属性情報を一切取らずに、その”個人”の試聴履歴のビッグデータ解析からだけのオススメによって圧倒的な精度を実現しているわけです。

こりゃあ、なんというか凄い時代に…

大阪人の”ダメ人間化スパイラル脱却”の為に都構想実現を!

大阪都構想の住民投票が迫り、推進派・反対派の宣伝合戦がタケナワです。

それについて、「賛成派・反対派」の両方のカルチャーの事情を身を持って知ってる私なりに議論に役立つような視点が提供できそうなので書きます。

というのも、都構想を推進しているグループには、私が昔いたマッキンゼーというコンサルティング会社の人間がブレーンとして多く関わっていて、元直接の上司や、先輩などからたまに話を聞くことが過去にありました。今も私は経営コンサルタントだから彼らがやりたいことは内容としてわかります。

一方で、過去に私の本を出してくれたある編集者の人は、「都構想絶対反対派」の有名人のほとんど全員と次々と仕事をする人で、その結果私が出している本の読者の人をツイッターなどで見かけると、かなりの比率で「大阪都構想絶対反対」という人が多いです。

だから私は「2つの全く違うカルチャー」の交差点にいると言っていい。

そもそも、私はそのマッキンゼーに入ってから、その「グローバリズム風に啓蒙的過ぎる仕切り方」と「”右傾化”といったような単語で一概に否定されてしまうような人々の感情」との間のギャップをなんとかしないといけないという思いから、「その両者をシナジーする一貫した戦略」について一貫して模索を続けてきた人間なんですね。

そのプロセスの中では、その「社会的にキレイな形」の外側にも実際に入って行かねばならないという思いから、物凄くブラックかつ、詐欺一歩手前の浄水器の訪問販売会社に潜入していたこともありますし、物流倉庫の肉体労働をしていたこともありますし、ホストクラブや、時には新興宗教団体に潜入してフィールドワークをしていたこともあります。(なんでそんなアホなことをしようとしたのかは話すと長くなるので詳細はコチラをどうぞ。)

だから、「反対派」側のカルチャーの人の言うことは凄いわかるし、それこそ人生色々かけて「反対派のカルチャーの人たち」の言うことを理解し、活かそうとしてきた自負があるわけです。

ちなみに私は神戸出身で今は関西に住んでませんが、大阪は父親及び多くの親族の故郷で、マッキンゼーの後転職した船井総研という会社時代の職場であり、その当時の取引先が多くあり、当時交際していた女性の家に転がり込んで住んでいた街であり、さらに上記の「訪問販売」時代にはありとあらゆる大阪の下町の路地の奥まで入り込んで訪問販…

21世紀の尊皇攘夷運動=安倍政権は開国政府を作れるか?

安部首相の米議会での演説を受けて(なのかどうかはわかりませんが)、自民党の若手議員有志が、「歴史修正主義的な過剰なナショナリズムを排し、保守の王道を歩む」勉強会を始めたそうです。

これはまあ、どんな立場の人にとっても「良いニュース」と言っていいように思います。しかし、これがどの程度広がるのか、ただ一部の議員のヒソヒソ声に終わってしまうのか、それとも1つの大きな傾向として育っていくのか?には、「よくある陣営対立」を超えた視点で物事を見る姿勢が、どんな立場の人にとっても必要なタイミングではないかと私は考えています。

究極的には、安倍政権の一部に「やり過ぎな右傾的要素」が含まれていることの、「現状そうならざるを得ない事情」自体を解決するように持っていかないと、いくら一部の議員が勉強会を開いても、「自民党のマジョリティ」や「その支持者」の方針は変えられないからです。

なぜ変えられないか?

そりゃあ”アイツら”がゲスで愚鈍で時代の流れについてこれない品性下劣な人種差別主義者だから?でしょうか。

そうではありません。彼らがそうしなくてはならない事情があるからです。

あなたの信条から言って彼らの行動・言動が許せないのなら、それを批判し、否定し、変えようとすることは大事なことです。しかし、同時に、「相手がそれをやらずにはいられない事情」を放置したままでいると、どこまで行っても平行線のまま余計に過激化が進むことになります。

「理解すると、理解される」という言葉がありますが、「彼らの事情を理解して、そしてその事情を”彼らとは違うやり方で”解決に向かおうとすること」が、この問題の根本的な解決のために必須な思考法なわけですね。

そのためには、安倍政権のムーブメントが、ある種の「尊王攘夷運動」のようなものだと見る姿勢が第一歩になります。

大塚家具問題は『ナウシカ方式』で解決しよう!

大塚家具の話をしたいと思っています。いまさら?と言うなかれ。

あれだけ話題になってもあっという間に流れ去ってしまう忙しい世の中なので、「いまさら?」感は確かにあります。(すぐにブログを書こうと思っていたんですが、ウィークディは何かと忙しく、週末には家族旅行で離島に行ったり結婚記念日にクルーズ船に乗ったりと、前から決まっていた予定が詰まっていて書けなかったんですよ。)

しかしこれだけたってから書いて良かったと言えることがひとつあります。

それは時間があいて冷静になることで、父の勝久会長と娘の久美子社長の「2つの相容れない全く違う世界観」だと思われていたものが、実はそれほど違うものじゃないように見えるようになったことです。

というのも18日から大塚家具の「一連の騒動」への「感謝セール」があったんですよ。行って来ました。ニュースにもなってましたが、かなりのお客さんが来ていて、私も始めて大塚家具に入ったんですが、「これはうまく行けば化けるかもしれないな」と思いました。

これから久美子社長と「勝久会長派の抵抗勢力」さんが長所を出し合えるように持っていければ、日本の家具市場の流れに一石を投じる存在になるかもしれないとすら思いました。

それについて書きます。タイトルに”大塚家具問題は『ナウシカ』方式で解決しよう!”と書いていますが、キモはこの絵です。



はい、全国のジブリファンの皆さん、この絵に「セリフ」をアテてください。

そうですね。

ほらね 怖くない。ねっ? おびえていただけなんだよね?

燃料電池車による水素社会実現と格差問題の意外な因果関係

昨年末に発売されたトヨタの燃料電池車(FCV)MIRAIは、官公庁を中心に受注が好調で、発売後一ヶ月で1500台(既に当初の年間目標の約4倍)に達したそうです。その他にも、関連特許を無償公開して参加者を募る戦略や、2020年東京オリンピックに向けて「水素社会実現」を官民挙げて目指す機運も高まっています。

しかし一方で、燃料電池車は本当は全然エコじゃないし、インフラを整えるのが大変だから世界では普及しないだろうというシニカルな意見もある。

特に批判の急先鋒なのは、電気自動車ベンチャー・テスラのCEO、イーロン・マスク氏で、「フューエル・セル(燃料電池)はフール(愚かな)・セルだ」などと上手いこと言いながら批判、トヨタの上級副社長と舌戦になったというニュースも見ました。

まあ、電気自動車ベンチャーのCEOは当然そういう話をするよな・・・という問題もあるので、実際にはどうなんだろう?ということを少し調べてみると、

「めっちゃウマく行けば凄い可能性があるが、中途半端にやると最低の技術になる」

というような状況のようです。この記事は、そのあたりの問題と、日本の可能性について考えてみる記事です。

結論的を端的にまとめると、

1)FCVはちゃんと社会が活用できなければエコ的に最悪の技術になる
2)しかし、本当に活用できれば凄いエコになる。
3)かつ、現代社会の核心的課題である”格差問題”などにまでポジティブな影響を与えうる可能性があるし、ここ20年絶不調だった日本の良さを提示していける可能性を秘めている

というような内容になります。特に、この「技術動向」的な話だけじゃない、「3」の話が今回の主題なので、12はもう知ってるよ・・・という方も「3」だけ読んでいただければと思います。

認知症なのにボケとツッコミは完璧な祖母とグローバリズム

少し前の正月休みに実家に帰ったら、完全に認知症になっている祖母が物凄い「ボケとツッコミのスキル」を維持していて驚いた・・ということから、「プロ経営者」と「縁の下の力持ち」とのギャップといったグローバリズム的課題についての話をしたいと思います。

目次はこちら

1・客観的指標では認知症だがボケとツッコミは完璧ということがある。
2・『プロ経営者』と『縁の下の力持ち』のバランスこそが今の日本の最大の課題
3・「論客」の論調と”あなたの人生”は違うんだと思うところから本当の変革が始まる

いわゆる”左翼叩き”にも飽きてきたあなたへ。

私のクライアントのある経営者の人が、

「いわゆる”なんでも反対的無責任”な左翼的志向に、”論破”とか”お説教的なこと”をするのはもう限界が来てるんじゃないか。いっそそれは受け入れた上で何ができるか考えないといけないんじゃないか」

みたいなことを言っていて、凄い「なるほど」と思いました。色々考えこまされた。



イスラム国人質事件関連で、というかこの事件にかぎらず、”何か”があるたびに盛り上がるパターン化された安倍批判・・・という盛り上がり方をする勢力が強すぎると、むしろ安倍政権の基盤は強化されるばかりか、安倍政権が本来望んでいる以上に「過激」な方向に日本は追いやられてしまうんだ・・・という記事を最近何度か書いています。

この記事から最後のリンクをたどってもらうとフルセット読めますが、そうすると新書の1章分ぐらいの長さになるので、興味はあるが時間はないというあなたはとりあえず重要な部分だけ分割掲載した以下の記事を読んでいただければと思います。

安倍批判をすればするほど安倍政権は過激化する矛盾を超えて
リベラルが安倍政権と向き合うことはイスラム国と向き合うこと

簡単に要約すると、とにかく「安倍批判」の中に意味があるものが含まれているとしても(実際かなり含まれてるんですけど)、今の状況のままでは「一方向的に批判すればするほど安倍政権が過激化せざるを得なくなる」メカニズムがあるので、もう一歩自覚的な言論をしていかないと、本当に「安倍政権がやりすぎない状況」に持っていくことは難しいぜという話です。

ダメ政府しか持てないのは自分にも責任があると考えてみよう

これを書いているのは2月1日の早朝なんですが、朝起きたら後藤健二さんの殺害情報が流れていて、とても悲しい気持ちになりました。

人が一人や二人死ぬニュースなんていつでも腐るほどあるのに、一個の事件に感情的に引っ張られるのってどうなんだ?っていうシニカルな見方もあるんですが、この人質事件は始まった直後から凄く嫌な気持ちになっていて、ネットで適当なことを言うネタにするのは辞めようとか最初は思っていたぐらいで。発生してからずっと、仕事をしていてもご飯を食べていても寝ていても心のどこかでジットリと重い気持ちになっていました。

フランスのテロ事件についてもそれなりに重い気持ちになりつつ軽口のネタにしたりはしてたので、なんか自分の中でのここまでの「扱いの違い」はなんなんだろう?と考えずにはおれません。

それはいわゆる「同胞愛」的な心理的コミットの影響なのかもしれません。

そういうのって透徹した理性からすると単なるエゴ(外国で飛行機が落ちた時に、ニュースキャスターが嬉しそうに乗客に日本人はいませんでした・・・という話を聞いて僕は何を思うべきだろう的な)とも取れますが、でもそう思うことって俺は大事だと思う・・・と言い訳しておきます。あらゆる人が万人に平等な心理的コミットをしようとするよりも、それぞれの人がそれぞれの人に近い心理的コミットをしてくれる人がいる・・・という世界の方が、個々に対するケアが薄まって汎用品化しなくて済むように思うので。

あともう一個ショックを受けていた理由は、人質事件が始まった時点で、二人が生きて帰れなそうな予感が私は妙にヒシヒシとしていて、内輪ではよくそう言っては、「まあ、この予感が外れて帰ってきてくれたらいいとは思ってるんだけど」とか言ってたんですよね。そういうのが妙に、気づいたら既に死んでいた時点でのあまたのニュースを読むよりも深刻な、目の前で断頭台が落ちるのを今か今かと見物させられているような気分になっていたんだと思います。

ともあれ、後藤さん、湯川さんのご冥福をお祈りします。

世界最大級イベント「スーパーボウル」をニワカが楽しむ方法

さて問題です。世界最大のスポーツイベントは何でしょうか?

FIFAワールドカップ!(サッカー)

・・・と思いましたか?まあ、多分そうなんだと思います。しかし、数えようによってはアメリカのアメリカンフットボールリーグの決勝戦、スーパーボウルだという説もあるらしい。

ウィキペディアのスーパーボウルの項によると、

経済誌『フォーブス』の2012年10月の発表によると、スーパーボウルのブランド価値は4億7000万ドルであり、夏季オリンピックやFIFAワールドカップなどを凌ぎ、世界一のスポーツイベントであると推定されている[10]。
・・・だそうです。まあ、こういうのはどっちも自分の都合の良い数字の作り方をして張り合うので、まあ「はいはい」って感じで流しておけばいいと思いますが、少なくともサッカーのワールドカップと張り合ってると強弁できるぐらいにはビッグイベントなんですね。

アメリカは野球の国・・というイメージがありますが、好きなスポーツ調査で2014年には倍の差(32%と16%)をつけられていて、この差は年々広がっていってるそうです。

そんなにアメフトってアメリカで人気なの?というのは他の国にいると全然イメージがわきませんね。いわゆる「アメリカのガラパゴス文化」なんですが、アメリカ自体の図体がバカでかいので、本当の意味でグローバル的なサッカーの祭典とタメを張るぐらいの大きさがあるってことですね。

で、そのスーパーボウルが、2月1日にあるんですよ。(アメリカ時間なんで、日本では2月2日月曜日の午前中になります)

NHK-BSが入るなら見れます。あなたも、前日2月1日の夜にある特集番組を見て色んな選手のキャラクターを把握して、で平日朝なんで予約録画しておいて、休日に3時間眺めてみる・・・というのはどうでしょうか。

とはいえ、いや、俺アメフトとか全然知らんし、そもそも興味ないし・・・とあなたは思うかもしれない。

まあ、それでもいいんですが、1年の間2月の最初のあたりだけ「ニワカ」ファンになってみると、色々と「違う世界」がかいま見える・・・かもしれないので、この記事は「アメフト全然興味ないあなたが、1年のうち3時間だけスーパーボウルを楽しんでみる」ためのガイドです。(よく考えたらオリンピックは大して知らない競技も結構熱中して見ちゃいますからね)

そろそろ安倍政権を倒したいあなたに授ける戦略

イスラム国の日本人人質事件に関して、安倍政権批判が盛り上がっているようです。これは安倍の責任だ。責任取って辞任しろ・・・という話も出ているらしい。

あなたもそのタイプの人だとしたら、それに対する「そんなことしたらテロリストの思うつぼじゃないか」的な批判は聞き飽きた!という感じかもしれません。で、それに対するあなたがたの論理も、色々と読みました。気持ちは結構わかる部分もある。

だからこの記事は、もしあなたが「安倍政権を倒したい」と思っている、あるいはとりあえず安倍政権は支持してるんだけど、時にやりすぎるきらいのある彼らが、この事件を機にさらに「やりすぎる」方向に行ってしまわないかを懸念している・・・というあなたの声を日本の方針に反映させていくための「戦略」についてお話します。

それは一言でいうと、「北風と太陽」の話のような問題で、「今のタイプの安倍批判を一方向的に押し出していくだけでは、逆により安倍政権側が過激化せざるを得なくなるメカニズム」が日本にはあるので、そのへんを理解した上で、憎き安倍政権を倒すのなら「この方向」で一致して戦略的に押していくべきだ・・・という方向の話となっています。

この記事を書いている時点では湯川さんの死亡はほぼ確定で、後藤さんの命に関する交渉が続いているそうです。

なんかこの事件はあまりに重すぎて、これを自分の意見を表明するためのネタにしちゃうというのが少し気が引けていて、ネットでは完全沈黙してたんですが、そうも言っていられないし、ひょっとすると何か役立つかもしれないし、そもそも関係者以外の人間にできるのは結局ネタにして自分が話せることを話すってことだけなんだとも思うので書きます。(シャルリエブドは問題なくネタにしてたんだから、今回だけしないのはそれこそエゴだろって話もあるし)

目次はだいたい以下のとおりです。

1・安倍氏の影響はどの程度かはわからないが、「安倍批判をしたい気持ち」をどうやって吸い上げるかは考える必要がある。
2・「アンチ安倍」ではなく「ど真ん中のフェアネス」を旗印にしていこう
3・リベラルにとって安倍政権と向き合うことはイスラム国と向き合うことと同じこと
4・グローバリズム2.0の時代に日本が示せる可能性


では以下本文。

震災あってよかったね!ってぐらいになろう。

毎年1月17日になると、メディアが沢山取り上げてくださることもあって、震災のことを思い出すことになります。とはいっても311の方ではなくて、20年前の阪神淡路大震災のことですね。

思い出を語るのって興味ある人以外にはちょっとウザいのかなという気持ちもあって普段は日常会話でもやらないんですが、最初の著書を出した時に感極まって長い思い出話をあとがきに書いたら結構良い反応を返してくれる人も多かったので、20周年だし!に甘えて書きます。

震災の時は冬の早朝で、当然ながらほとんどみんな寝ていました。当時高校1年生だった私は本棚やら色んなものが自分の布団に降り注いでくる中で、住んでいたマンションの一階下の、普段は大声で親子が「死ねクソババア!」「親に死ねとは何事か!お前が死ね!」とかしょっちゅう聞こえてきてた母子家庭のMさん宅から、息子の名前を必死に呼ぶお母さんの声が聞こえてきたのが凄い印象的でした。