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8月, 2012の投稿を表示しています

「みんなの重み」から逃げない方が楽になれるとこあるかもね。個人主義者だからこそ。

「今の時代の普通」じゃない、個人の奥底からのものを時間をかけて具現化しよう!!!・・・・っていうような活動をやって、その「まだ形になってないものを引き出そう」的な動きをしていると、「際限ないな・・・・」っていう気持ちになる時があるんですよね。
で、今までに確かに形になった、「最初はありえないとみんなに言われたエコ系新事業」とか、「物凄い売れるようになった営業ウーマンさん」とかさ、それらは、最初の段階で「否定」してたら具現化しなかっただろう・・・・っていう問題があるからね。
だから、「できるだけ否定しないようにしよう・・・・」って思って色んな会員さんと向き合っていると、「いやそうは言ってもな・・・」っていうケースもかなりあったりして。
今の時代、「成功哲学」というか「成功をイメージすれば何でも叶う」的な夢を売る仕事をしてる人ってかなり多いから、それをホントそのまま真に受けて、「物凄い巨大な野望」を、結構地味な感じで毎日生きている人が密かに抱いていてビックリしたりする・・・・ってことは実際かなりある。
で、まあ、そりゃあね、僕だって全てを見通せるわけじゃないから、それが不可能だとは誰にも言えないわけですけど、それにしたって・・・・というケースも結構あって、それに対してどういう「態度」を取るのか・・・ってのは結構難しい問題で。
それ自体ほんと色々と考えることはあったんですが、最近はある程度「突き放す」ことができつつあるような気がする。

日本一のニートを目指すPhaさんの本『ニートの歩き方』と社会の中のイノベーションの土壌。

「日本一のニートを目指す」という触れ込みのPhaさん(本名・荒川智則氏)という方がいて、彼が最近出した本、「ニートの歩き方」を読んだ。なかなか良かった。最後の方の、「働きアリ」の話してるとことか、ちょっとジーンとして感動したな。

「日本一のニートを目指す」って言われても、それってどういうこと?って感じだと思うんだけど、彼は、「普通に毎日会社に行くとかがどうしてもできない体質」らしくて、「そういう人間でも生きていける社会であるべきだ」的な思想運動?の一貫として、シェアハウスを主催してそこに住みながら、インターネットを通じたアフィリエイトとかその他で生活している人なんだけど。

彼は僕と同い年で、同じ関西生まれ(彼は大阪、僕は神戸)、同じ大学に同じ時期にいたし(当時は面識なかったけど)、僕は彼のブログその他を随分昔から読んでいるし、彼も僕のブログその他を随分昔から読んでくれているらしく、メールで話したこともちょっとだけある。

何より、やってることの「見た目」は全然違うけど、根本的な発想は同じいっていいぐらいのものだなと前から思っていたので、本を読んでもかなりジーンと来た。

彼のやっていることに「猛反対」という人は結構いるでしょうけど、社会の中に彼みたいな存在が全然いないというのも、やっぱ問題があると思うんですよね。

ちょっと前にツイッターでもそういう話をしたし、Phaさん本人にもメールで言ったことがあるんだけど、彼みたいな人は現代の「聖職者」というか、一種の「シャーマン」的存在なんだと思うんだよね。

逆境にめげないリアル本屋さんとリアルCD屋さんの、矢沢永吉氏的「ダサかっこいい」可能性について。

365人の本屋さんがどうしても届けたい「この一冊」

っていう本がミシマ社という直販で有名な出版社から出ていて、これは文字通り全国の365の本屋さんの店員さんに、その人が一番オススメしたい本を、自筆のPOPとともに一ページずつ紹介してもらうという本なんですが。

旭屋カルチャースクエアイオンモール鹿児島店の、南信行さん

に、「21世紀の薩長同盟を結べ」を推薦いただきました。

おおおお。

ありがとうございます!!

この本、鴨長明の「方丈記」とか「キャッチャー・イン・ザ・ライ」みたいな東西の「ザ・古典」みたいなのがあるかと思えば、三浦カズ氏の「やめないよ」って本とか、絵本「100万回生きた猫」があったり・・・・とか、いや実際に見てるともっと「色んな本があるなあ」って感じなんですが、とにかくジャンルレスでかなり熱い「手書きPOP」と「推薦文1ページ」が載っていて、なかなかおもしろいです。

そういう一覧の中に自分の名前と本の題名が載ってるってのも、ちょっとくすぐったい気持ちもありますが、とにかく選んでいただいて、ありがとうございました!

ルネッサンス的社会ビジョンと、「わはははは!って笑えるオッサン」の凄い可能性。

はやいもので超久々の実家長期滞在も今日で終わりで、なんか嬉しいようなさみしいような気分です。

何日かブラブラ涼しい時間に散歩したりしたんですけど、そしたら高校時代の合唱部の先生にばったり道で会って、彼が今指導してるアマチュア合唱団の練習に二時間参加することになった・・・とか、どんな奇跡的確率やねん!みたいな体験もした。

16世紀のパレストリーナっていう作曲家の曲だったんだけど、凄い良かったなあ。

これ→  Sicut Cervus

ある意味「素朴」な時代の曲なんで、聞いて楽しい曲かどうかは、好みが分かれると思うんですが、「凄い演奏して楽しい曲」っていう感じで。

「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木先生もイタリアルネッサンス芸術には凄い影響受けてるらしいですけど、そのジョジョが好きってだけじゃなくて、美術で言ったらミケランジェロ、音楽はパレストリーナとか、なんかとにかく「ルネッサンス」って凄い良いなあ!って思う自分を発見した。

なんかね、各パートが、凄い「勝手に自分のメロディを”謳歌”してる」んですよね。

無理に一個の音楽にしようとしてない。

でも、やってると、色んなところで掛け合いが発生してて、全体として見ても、それぞれ勝手にやってるようだけど、調和の取れた連動性が自然に生まれてくるんですよ。

秋葉原連続殺傷事件の加藤智大氏の著書を読んで、こういう問題の「根底的解決」について考えた。

秋葉原連続通り魔殺傷事件の犯人、加藤智大氏が書いた本を、たまたま本屋で見つけて買って、昨日の夜寝る前にちょっとだけ読もうかと思ったら朝までぶっ続けに読んでしまった。

なんか・・・いや「感動」とかはしなかったけど凄く「考えさせられる内容」だった。

まあ・・・普通の感性からすると到底受け入れられない文章でしたけどね。ネット上のレビューとかでも、「全然反省してない」「全く共感できない」「独善的すぎる」とか、色々言われてるし、まあ、それはそれ自体ほんとそのとおりだと思います。

ただ、加藤氏の本の中で、唯一物凄く「なるほど」と思ったのは、「反省の考え方についての補足」っていう最後の方の章なんですよね。

「内田樹氏的思想」と「グローバル資本主義」との間の「21世紀の薩長同盟」について。

僕の神戸の実家と、思想家・武道家の内田樹氏の道場兼自宅が物凄い近くなんですよ。

子供の頃からしょっちゅう通ってた道沿い・・・みたいなところにある。住所聞いたら「ああ、あそこね」みたいな感じの。

で、今書いてる本の編集者の人が、長年内田先生の本を担当してこられた人で、「最近私が一番買っている若手の論客なんです」みたいな感じで、「21世紀の薩長同盟を結べ」を渡して読んでくれと言ってくれたりとか、色んなタイミングで引き合わせようとしてくれたりしてくれていてですね。

そういうわけで今回僕が神戸にいる間にお会いしてみたいなと思って、編集者の方に間に入ってもらって日程を調節してもらったんだけど、まあ合わずに今回は見送りになりそうなんですがね。

でも、予定調節してた時期に、とりあえず行くことになったら迷わないようにと思って道場の前まで行って写真撮ってきたりとか、行くことになったとしたら持っていこうと思って三宮のデパ地下で菓子折りを買ったりとか、してるうちに、すごく勝手に「心理的に近い」気持ちになってる自分がいて面白いなと思った。

編集者の人が、結構熱心に引き合わせてくれようとしてくれてた最初の頃は、僕は「内田先生ってすごい自分とは遠い人みたいなイメージなんだけど」と思っていたんですが、その編集者氏に送られて読んだ内田氏の本とかブログとか読んでると、「世代が違うから方向が全然違うように見えるけど、多分凄い似た感性を持ってる人かもしれないな」と思うようになったんですよね。

そう、だから彼の文章を読んでいると、「気持ちは凄いわかる」・・・・けど、「結論そっち行っちゃう?」みたいな感じになる。毎回ね。

でも最近は、彼は彼の位置であの言説を続けてもらわないといけない理由があるんだな・・・・という理解はできるようになったんですよ。

お客さんのニーズ、世の中のニーズ。

事情があって昨日から実家の神戸に帰ってきていて、二週間ほど滞在する予定なんですが。

とはいってもやるべき仕事は結構あって、祖父の初盆だとかそういうイベント以外は部屋にこもってPCに向かわなくちゃいけないんで、あまり神戸の街を堪能というわけにもいかないんですけどね。
何が辛いって、結婚してからずううっと一緒にいた妻と二週間も離れるのがなんかさみしいみたいな話はありますね。いや、もう結婚して5年もたつのにこんなん言うと気持ち悪がられるんですけど。

ともあれ、そうなっちゃった以上その「意義」を考えたいなと思うタチなんですが、久々に実家に長期滞在するとなると、なんか自分の部屋(もう普段は父親が寝ているらしい)が他人の部屋みたいで面白いなと思います。
昔買った本とかCDとかが並んでるしね。
そういう本棚見てて思うんだけど、本棚は「その人を表現している」というよりは、その時々のその人の「恐れのパターン」だとか、「欠乏感のパターン」だとか、なんかそういうのを代表しているのかもしれないな・・・・と思ったりした。
当時の自分にはものすごく必要だと思って買った本だな・・・っていうのはわかるんだけど、今はもういらないな・・・とも思ったりする。
じゃあ根こそぎ捨ててしまえよ・・・っていうのも・・・・まあ、その実作業に必要な時間がとりづらいということだけじゃなくてなんか違和感あるんで、これはこれで放っておきたい気もするんですが。
とにかく、なんか2週間も実家にいなくちゃいけなくなった以上、そういう「過去の自分」と決別するというか、区切りをつけるというか、そういう時間にしたいなと思っているところなんですがね。

オリンピックとダークナイト・ライジング、「共有できる物語」が『補完』する世界。

オリンピック、子供の頃は全然興味なかったけど、この年になって凄い楽しいなあと思うようになりました。
競泳の男子のリレーで銀メダル取った選手のうち、北島康介選手以外の3人が、北島さんには内緒で
「康介さんをメダルなしの手ぶらで日本に返すわけにはいかねーだろ」
って言ってたって話には、なんかほんとグッと来たな。なんか。
どこが、とは言えないんですが、自分の心の一番弱い部分にグサッと来た感じだった。なんか泣けた。
似たような話題として、内村航平選手が不調に苦しんだ後、団体決勝の跳馬で会心の演技をして笑顔を見せた時に、ツイッターとか2chで
「やっと笑ってくれた!」
って言ってる人が沢山いたのが面白かった。
なんか・・・彼がふさぎこんでると、こっちも暗くなっちゃう的なね。
彼には、今のままのマイペースさでいて欲しい、そして活躍して欲しい・・・って、広い範囲の人が思っているっていうのは、素晴らしいことだなあと思った。