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Phaさん的ニートと天才は紙一重。どう使うかは社会の責任。

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知ってる「界隈」の人はみんな知っている、知らない「界隈」の人は誰も知らないネットの有名人にPhaさんという人がいるんですよ。

「日本一有名なニート」とか言うキャッチフレーズで、

・ブログやウェブサービスのアフィリエイトでそこそこに稼ぎながらほぼ無職状態でもう10年以上、今39歳
・ギークハウスというテックオタク系の人が集まるシェアハウスを主催
・しょっちゅう「働きたくない」とか「だるい」とかを露悪的に言いまくる
・彼を慕って相当個性的な人たちが集まっている
みたいな感じの人です。

っていうか最近はニートと言いつつウェブ連載もしてるし本ももう何冊も出てるし、ニートとは言えなくなってるんじゃないかという感じですが、ある種の

「今の社会のせせこましさからはじき出されてしまった人たちがどう生きるか」についての思想家みたいな感じのキャラクターとして受けとられている人
・・・ということになります。

彼は僕と同い年で、彼は大阪、僕は神戸という関西出身、ほぼおなじ時期におなじ京都大学にいて(学部は僕は経済、彼は総合人間学部)、実際に会ったことはないけどメールではちょっと話したことがあるんですが、やってることの志向性がちょっと似てる(現代社会のせせこましさを補完するような何らかの新しい視座を提供したい・・・といような)ので、向こうからこっちがどう見えてるかはわかりませんが僕からは結構気になる存在で。

で、先週と今週、彼と彼のまわりの「面白い人たち」を何年も密着取材したドキュメンタリーがフジテレビでやってて、先週も見たんですが今週のは凄い良くて、なんか最後の方になってジーンとなって泣けてきたんですけど(笑)

見逃した方は、ユーチューブに公式チャンネルがあるので、堂々と動画リンクを貼れます。以下↓
前半(先週分)https://www.youtube.com/watch?v=gR7kLjuMyx4&t=567s
後半(今週分)https://www.youtube.com/watch?v=wV9OnWx0ANI&t=935s



感動した思いを書き記したいので、

・この動画の何に感動したのか?
・Phaさんがやっていることの意味はなんだろうか?から入って、最終的に

・Phaさん界隈にいる人を社会はどうやって包摂したり活かしたりすればいいのか?それは社会の側の責任ではないか?という話…

ザッカーバーグのハーバード卒業式スピーチが感動的だったので日本語訳した。

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https://www.youtube.com/watch?v=BmYv8XGl-YU


(アイキャッチ画像はウィキペディアからお借りしました)

今朝ツイッターを眺めていたら、フェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグが母校ハーバード大学の卒業式に呼ばれてスピーチしてる動画のリンクが流れてきて、軽い気持ちで再生しはじめたら凄い迫力で、30分以上のスピーチ最後まで全部見てしまったってことがあった。

結構笑えるジョーク(窓ガラスに数式書いたりしないよ!・・・とかいう映画”ソーシャルネットワーク”を根に持ってるようなジョークとか)やハーバード内輪ネタ(と思われる・・・ちょっとググると出て来るのが今の時代の救いですが)も交えつつ、卒業生と10歳も離れてない立場から”僕ら世代の責任”という切り口で語る話は非常にグイグイ来る迫力がありました。

「すべての人たちが、人生に意義を感じられる目的感を持てる世界を作ろう」というテーマです。

僕らミレニアル世代なんだから、昔の世代の卒業式スピーチみたいに「自分の人生の目的を見つけよう」なんてそんなことは言われなくたって本能的にやってるでしょう?そうじゃなくて「みんながその気持を持てるようにすること」が重要なんだ・・・っていうのはなかなかパワーある話。

ケネディ大統領がNASAの清掃員さんに何やってるの?って聞いたら「人類を月に送る手伝いをしてるんです」って答えた話が好きで、そうやって「あらゆる人に”俺達はやれるんだという感覚”を持ってもらうこと」が今必要なことだ・・・っていうのは、あらゆる分断が社会を引き裂いていくこの時代に凄く重要なメッセージだと思いました。(最近、凄いのは”日本”じゃなくて単にその技術の発明者個人であって、ネットでこの記事読んでるお前じゃねーよ!とかそういう言わずもがなのことをいちいち言ってタフぶってる人がいますが、そういう人は社会というのが色んな人のサポートしあいによって成立しているってことを軽視しすぎてると思います)

他にも、最初にフェイスブックをハーバードの寮で立ち上げた夜に、今日は自分がハーバードのメンバーを繋いだが、そのうち誰かが世界中を繋ぐだろうと思ったとか。そこで「自分じゃないだろうが誰かが」と思ってちゃダメでそれ「自分が」やるんだよ!というメッセージとか。最初期のマネジメントチームと、会社を売るか売らない…

経産省若手資料はそんなにダメか?褒めときゃいいじゃん。

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書籍の執筆でアタマが沸き立っていて、箸休めに軽いブログを書きたいので書きます。



ネットで話題の、経産省の若手有志による、

国内外の社会構造の変化を把握するとともに、中長期的な政策の軸となる考え方を検討し、 世の中に広く問いかけることを目指すプロジェクト

っていうのがあって、このリンクからパワーポイント資料が読めるんですが。

数日前にリンクを見つけてパラパラ読んだ時には、「いいなあこれ、頑張って欲しいねえ」と思ったし、ネットでも高評価な人が多かったんですが、なんかそれから日がたつうちに色んな人が

・全く新しくない
・具体的な政策への落とし込みが足りない
・データ分析が雑

などとクサしまくってるのを見てて、いやーそんなにダメかねえ??いいじゃん!と思ったのでそれについて書きたいです。

「ダメかどうか」もさることながら、「最高とは言えなくてもとりあえず褒めときゃいいじゃん」的な話でもあります。

いや、批判は批判で内容的にはゴモットモではあるんですが、あまりにそういうのが盛り上がっちゃって、この資料に対してちょっとでも高評価をするのは知的人間として恥ずかしい・・・ぐらいの空気になってきてるのがちょっとどうかと思うんですよ。

そもそも役所が懇談会的にインテリ集めてとりまとめた資料で、総花的にならずに一方向的なストーリーがあって、ある程度こういう「何言ってるかちゃんとわかる」資料ってそんなに多くないですし、だからこそ「うるさ型」の人たちがクサし始める前の段階では結構ネットで「いいじゃん!」的空気が巻き起こったりもしたわけですよね。

単純に言って、役所発のペーパーで、その「いいじゃん!」モードが小規模でも巻き起こったりした時点でそりゃ奇跡と言って良くて、そりゃ批判は結構だが、じゃあどっかに「超絶凄い官僚さんの集団」がいるわけじゃないんだから、今の日本の官僚さんたちに、官僚の役割の中でできることは頑張ってもらうしかないわけで、だからあんまりクサすばっかりなのもどうかと思うわけですよ。

で、資料の内容なんですが、たしかに「どこにもない新奇性」とか、「具体的な政策へ落とし込みきった提案」とかは弱いかもしれないが、この資料は1つの「ストーリーの提示」を目標としてるわけですよね。

いわゆる「高齢者に属する人」にも、資産や健康面でかなり余裕がある人もいるんだから、一概に「高齢者サマ扱い」で終わ…

日本化する韓国、韓国化する日本?

韓国大統領選挙の結果が出て、いわゆる左派のムン・ジェイン候補が新大統領になったそうです。

私は韓国情勢の専門家でも全然ないなりに、個人としてのこの人をインタビューその他で見ていると(特に動画で直接話してるのを見ると)、「親戚にいたら仲良くやれそうなオジサン」ぐらいの、人間的にはとても良い人な印象なんですが、しかしこの時期にこういう人が大統領になるのでいいのか?というのは、他人事ながら心配にならざるを得ません。

じゃあ私の専門は何かと言われれば経営コンサルタントなわけですが、「人間の集団の動き」という面から見て、韓国は過去20年ぐらいの日本の悪いクセを後追いしていっているような予感がします。まさに「日本化する韓国」。と同時にひょっとすると日本のどこかに、過去20年ぐらいの韓国の良い面のようなものが、新しく胎動しているのではないか、そうならいいな・・・というような感覚もあるので、そういう話をしたいと思います。



今回の韓国大統領選についてニュースで見ていて、色んな候補の支持者が一様に、細かい政策(いや、”細かい政策”ですらない大枠の話ですら!)の話について聞かれると即座にでその話題をほとんど拒否するような形で、

「(政策はともかく)とにかく政権交代をして民意を突きつけることが重要なんだ」
というようなことを言っていたのが非常に印象的でした。別にディスるつもりはないんですが、あまりに自分の価値観と違うので、「へえ、そういう考え方もあるのか!」と思ったというか(笑)

どっちが良い考え方だとか言うつもりは全然ないですが、少なくとも私は「政権交代をした後何をするか」が一番大事で、その明確なビジョンがない時期にはあえて対立側に権力を渡しておくことすら意義があると思っているぐらいなので・・・

しかしこう、いわゆる過去20年の、最近あちこちから揶揄されている「日本のサヨク性」といったものは、まさに「こういう価値観」がベースにあったんじゃないか・・・というふうに思い当たりました。



過去20年、特に日韓ワールドカップあたりから、韓国という存在が日本の中で非常に大きな存在感を持つようになってきましたが、思い返せば韓国と日本は常に「決断と行動力と一点突破の韓国」「バランス感覚と地道さはあるがグダグダな日本」という対比のイメージで捉えておけばほぼ間違いないような印象だったように思います。

中国を「ドラゴンボールのベジータ」扱いすることが東アジア平和のカギ。

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4月15日土曜日は、

地味に色んな人が「米朝開戦の危機」と騒いでいて、三重県の山奥に住んでるアメリカ人の友人の家に滞在しながら(これは別に疎開してたんじゃなくてもともとずっと前から遊びに行く予定だっただけですけど)、チラチラとスマートフォンが気になって仕方がないみたいな微妙な時間を過ごしました。

とりあえず、一番「危機」的な状況は回避できたんじゃないかという様子で、かなりほっとしてます。

勿論まだまだ何があるかわからないわけですが、しかし単に最大の危機をやり過ごせたというだけでなく、むしろ、「こうなったらいいな」と長い間思っていた流れになったんじゃないかという予感もあり、現在の状況を「欧米的な戦略論の見地だけではなく、”東アジア流のモノの見方”で」眺めて見ると、新しい視点が見えるんじゃないかと思うので、ぜひ聞いて欲しいわけですが。



今回の北朝鮮危機は、米軍がシリアを爆撃して「見せ」て、かつ空母部隊を東アジアに持ってきて、日韓との連携を威圧的に見せつけ、「次核実験したら先制攻撃もありえる」と発表し、一方で中国には何度も「あいつを抑えるのはアンタの責任だぞ」アピールを続け・・・という状況で、もし北朝鮮がこれでも折れずに核実験を強行したら、米国側としては「振り上げた拳の持って行き場」がなくなってしまって本当にキケンな状況ではあったわけですが。

結果として、ずっと「核開発&ICBM開発で米国直接核攻撃能力を得るまで一直線!」だった北朝鮮が、予定されていた?核実験を回避し、ミサイル実験も米本土向けのものではないのを一発だけ・・・ということで、ちゃんと「忖度」するモードに入ったこと自体は非常に非常に評価できると思います。

そして何より、中国が「ちゃんと北朝鮮を抑える役割」を果たすポジションになったこと自体もメチャ大きい。

シリア爆撃したり、空母部隊持ってきたり、沖縄の基地に戦闘機を並べて見せたり、先制攻撃の可能性について言及したり、自衛隊などとの連携をアピールしたり・・・というのは、「トランプ&安倍嫌い」の人から見たらほんと「許しがたい野蛮人の振る舞い」に見えるかもしれませんが、そして本当に「危ない橋を渡った」ことを否定するものではありませんが、「東アジアの流儀」的にこの問題を解決しようとするならば、私の感覚としては「適切なタイミングで適切なメッセージを積んでいった、とて…

村上春樹は『男の敵』か?『女の敵』か?

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村上春樹氏の新刊「騎士団長殺し」を読もうか迷ってる人のためのガイド・・・にかけつけて

・「村上春樹作品の本質とはいったい何か?」
・「騎士団長殺し」は過去の彼の作品とどこが違うか?
について深掘りしてみる記事の二回めがこちらです。

一回目は「村上春樹作品の本質とはいったい何か」について書きました。そちらを先に読みたいかたは→ここからどうぞ。

前回の結論を簡単にまとめると、

村上春樹作品とは、過去からの文化的惰性が通用しなくなった社会において、新しい自明性を獲得しようとあがく試み
であり、村上春樹作品を通して、「村上春樹作品の良さが理解できるタイプの読者」が獲得しようとしているのは、

小さく言うと他人との人間関係の1つ1つであり、そして大きく言うと自分の人生全体を、「自分で考えたテーマに沿って自らハンドメイドに形成していく力が私達にはあるはずだ」という勇気
であり、具体的な「しぐさ」のレベルで、崩壊してしまった社会の自明性をゼロから立ち上げなおそうとする

「新しい現代的に通用するセルフイメージの再構築」
が行われているのだという話でした。

では今回は、「騎士団長殺し」が彼の過去作品とはどう違うのか?について考えてみます。

「騎士団長殺し」は、かなり「彼の過去の作品群に出てきたモチーフ」が何度も出てくる作品になっていますが、その「扱いの細かな違い」ゆえに、「今まで彼が踏み込まなかった領域」に大きく一歩を踏み出した作品になっていると私は考えています。

今回の記事に目次はこんな感じです。

1・過去作品たちと似ているモチーフたち
2・しかし過去作品とはここが違っている
3・その違いがもたらしているものは何なのか?


キーワードは、よく彼本人の言葉として語られている「デタッチメントからコミットメントへ」という話につなげて、今回は「コミットメントからインテグレーションへ」というキーワードを私は考えています。



1・過去作品たちと似ているモチーフたち

今回の作品は、かなり「村上春樹作品あるある」なネタがたくさん出てきましたね。

・裏庭にある異世界へ繋がる穴
・理由が明示されずに突然終わりを告げる夫婦生活
・登場した瞬間ディズニーの版権の厳しさをネタにするトボけた「イデア」氏
・疑問文のトーンじゃなくて質問するローティーンの少女
・性欲を満たし合うだけの関係になる年上のマダム
・よくわからな…

村上春樹新刊「騎士団長殺し」を読もうか迷ってる人へのガイド

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村上春樹氏の新刊「騎士団長殺し」が発売されてから一ヶ月超がたちました。あなたはもう読みましたか?

私は読みました。なかなか・・・私は結構好きでした。ただ、読もうかどうか迷ってる人も多いかと思うので、「そもそも村上春樹作品とは何なのか?」から、「今回の作品と過去作品を比較するとどうか?」といったことまで、ガイドとしての文章を書いてみたいと思っています。

結論を二行にまとめると、

村上春樹作品とは、過去からの文化的惰性が通用しなくなった社会において、新しい自明性を獲得しようとあがく試み
であり、

『騎士団長殺し』の過去作品との違いは、主人公が「完璧な防御壁」の内側から断罪する位置を捨て、「昔からの友人の男」や、そして「女性というもの」に大きく一歩歩み寄った作品
ということになろうかと思います。

目次は以下の通り。

1村上春樹作品とは何なのか?
・・・または(村上春樹読者の三類型について)
2「騎士団長殺し」と過去作品との違いはどういうところにあるか?
・・・または(デタッチメント→コミットメント→次はインテグレーション?)
3村上春樹氏の変化と、現在の世界の変化との対応関係は?

てな感じです。

では。その1からどうぞ。





1村上春樹作品とは何なのか?

村上春樹作品の読者は三類型いると私は考えています。

A 自他共に認めるハルキスト
B ハルキストとか呼ばれるとちょっと困るが、春樹作品の”良さ”は一応理解できる層
C なんか話題だから読んでみたという層

勿論どんな作家にもこういう同心円状に広がる読者群がいるとは思いますが、村上春樹作品は他の作家に比べてこの「BグループとCグループの格差」がかなり激しい作家であると思います。私は何人もの、しかも結構本を読むこと自体は好きな層の人から、「あんな荒唐無稽で唐突にエロがはさまってるだけの話のどこがいいの?」と聞かれて、説明しようがないので「うーん、まあ、ねえ、ハハハ」と返答に窮したことがあります。

そういう人がちょっと読んでみた上で公言する村上春樹作品の売れてる理由とは、「うだつのあがらない男が次々と良い女に言い寄られて良い思いをするところがウケてるだけなんだろう」的な感じになっていて、まあそれを影の目的に読んでいる長年の読者がいないとは言いませんが、しかし「自分は信者ではないが、もうちょっと”意味”がある感じはするんだよ」…

残業規制がさらなる弱者へのシワヨセにならないためには?

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安倍政権が進めている「働き方改革」の一環として、残業規制の最大が「100時間未満」とする方向で決着する見通しである・・・というニュースが流れていました。

「100時間」って!!!過労死レベル直前まで合法ってこと??
・・・と思ってしまいますが、これは「100時間(過労死レベル)までなら残業させ放題」という意味ではなくて、「今までは協定を結べば青天井の特例もあったが、それをせめて最大でも100時間未満にしよう」という形なので、「一応結構前進」したという理解でいいのではないかと思います。

そのことを理解せずに脊髄反射的に「100時間」に対して怒りまくっているネット上の人も結構いるみたいですが、しかし「それは理解した上で、それでも、100時間ってねえ!」という気持ちもわからないでもありません。

特に過労が原因で自殺した電通社員の高橋まつりさんのお母さんのコメントが印象的でした。

このような長時間労働は健康にきわめて有害なことを、政府や厚生労働省も知っているにもかかわらず、なぜ、法律で認めようとするのでしょうか。全く納得できません。

月100時間働けば経済成長すると思っているとしたら、大きな間違いです。人間は、コンピューターでもロボットでもマシーンでもありません。長時間働くと、疲れて能率も悪くなり、健康をそこない、ついには命まで奪われるのです。

日本から老害を一掃して残業を減らす唯一の方法

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なんか挑戦的なタイトルになってしまいましたが、ただ最近「老害」っているんだよなァ〜と物凄く実感することがあって、その詳細をそのままは言えませんがそのやるせない思いをより広くて皆様と共有できるテーマとして昇華して書いてみたいと思っているんですが。

あなたは、「老害」って言葉、キライですか?好きですか?

私は最近まであまり好きではなかったです。老害扱いされてる人にも、うまく使ってあげればそれなりの価値やら色々あるんだぜ・・・と言いたい気持ちが結構あって。

ただ、そんなこと言ってると「老害さん本人」が「自分の老害性」を一切意識せずにノウノウと暮らし続ける反面、困ったことにその「老害さん」は権力持ってたりするのでその集団全体の適切な運営がどんどん滞り、直接的には「ヤル気のある若手」さんが、そして結果的には「その組織の人全員」が非常に困った状況にみんなで追い込まれていくことになってしまう。

物凄く大枠での言い方をすると、過去20年にわたる日本の苦境はこの「老害さんをどう扱うか」について、思い切りの良い諸外国のように何のテライもマヨイもなくボコボコに権力を奪って放逐していくような思い切ったマネジメントができなかったから・・・と言ってしまっても悪くないかもしれません。

ただね。現状の日本は、老害さんたちを腫れ物に触るように扱って捨てずにいたので、社会全体が「トランプvs反トランプ」みたいにどこまで行っても平行線な対立に落ち込んだり、スラム街がどこまでも悲惨なスラムになっていくようなことは避けられたり・・・というプラス面もあったんだろうとは思います。アメリカに比べたらまだ貧富の格差もまあマシなレベルに留まっている。

つまり、なぜ日本が「老害さん」たちを諸外国のようにはボコボコに斬ってしまえないかというと、「その老害さんが代表しているものの中に自分たちの良さの根幹も混ざっている」からだと言えるでしょう。

人はなぜ差別をするのかを根本的に考えてみる。

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今日はさっきまで、世界最大のスポーツイベントの一つであるアメリカのNFL(アメフトプロリーグ)の年間王者決定戦スーパーボウルをやってて、自営業者特権を利用して丸一日オフにして見てたら凄い凄い凄い凄い凄い試合で超手に汗握ってしまったんですが。

試合開始直前に、私の高校の部活の後輩で、今はアメリカ在住でゲイで同性婚をしていて移民でグリーンカード(永住権)を持ってる友人からフェイスブックメールが来て、なんとチャットで丸々五時間彼の人生についてインタビューをしながら一緒に試合を見るという不思議な体験をしました。

普段は聞けない「ゲイ側の人の気持ち」について微に入り細に入り聞ける機会があって、で、「異性愛者で日本在住日本人」という「めちゃマジョリティ」の自分として、長い間

「マイノリティの人たちの権利は超大事だと思ってるけど、マジョリティ側の”この点”さえわかってくれたらもっと仲良くやれるはずなのに!!」

と思っていたことについて意見交換することができたので、その話をしたいと思っています。って「なんでマイノリティ側が配慮しなくちゃいけないんだ!」って思うかもしれないけど、”この点”で合意できたら一気に進むはず!とずっと思ってることなんで、ぜひ聞いてほしいんですよね。(スーパーボウルの結果もちょこっと関わってきます)

ちなみにスーパーボウルについては毎年紹介・分析記事を書いているので、ご興味ある方は私の前回記事なんかからリンクを辿って読んでいただければと思います。

サッカー最近つまんないならスーパーボウルにヒントがあるかも

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ちょっと煽り気味なタイトルになってますが、これは「サッカーなんてツマンネエからアメフト見ようぜ」という記事では”なく”、「サッカーがもっと面白くなるヒントがアメフトにはあると思うので、年一回の祭典スーパーボウルを見てみるといいかも(そうすると最近徐々に人気低迷の危機の入り口ぐらいにいるかもしれない日本サッカーへのヒントが得られるかもしれないし、世界の今とか今後の経済の動向とかそういう話まで深く理解できるかも)」というような記事です。

アメフトはいわゆる「アメリカのガラパゴス文化」であって、そのアメリカ国内リーグの最高峰であるスーパーボウルはアメリカ以外ではそれほど注目度がないけどアメリカ内部では圧倒的な存在感があります。

世界最大のスポーツイベントは、サッカーワールドカップか?オリンピックか?チャンピオンズリーグか???という永遠に定まらない争いがあって、それらのビッグネームに対して「数字の選び方によっては」同等以上だと主張できるほどの巨大イベントがスーパーボウルなんですね。

で、紅白歌合戦を経年で見続けると「その年の日本という国の状態」が広く深く実感できてしまうように、最近それほど国民的行事でもなくなりつつある紅白とは違って、依然として本当にアメリカの大イベントであるスーパーボウルを見てみると、「その年のアメリカ」が広く深く実感できるし、その変化が世界とアメリカの今を理解するのにいいんじゃないか・・・と思って、ここ数年スーパーボウル前にはその紹介記事をアップしてるんですよ。

特に今年のアメリカは大揺れに揺れて大混乱の時代ですから、スーパーボウルから透けて見える新しい知見の意義も大きいはずです。

今年も日本時間の2月6日月曜朝(アメリカ時間の日曜夜)にあります。BSが入ればNHKで、関東地方なら日テレで、それ以外でも日テレG+というCSか、最近話題のネットストリーミング「DAZN」でも見れるそうです。再放送が何度かあるのでこの記事を月曜朝以降に読んだあなたも大丈夫!

ちょっと見てみようかな?と思ったあなたは、私のスーパーボウル紹介記事の過去二回分を読んでおくと初心者でも超安心です。

一昨年の記事

↑では、全くの初心者でもすぐに理解できるルールの全体的説明と、特にクオーターバックという主要ポジションの位置づけが変わってきている昨今のトレンドが、「グローバリズムの中のア…

トランプ的無茶への対処法は9世紀に空海が教えてくれてた。

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ブログというのは一回に読んで貰える分量が限られていて、かつ初めましての方向けに前提条件をあまり置かずに書かないといけないので非常に限られたことしか言えないため、最近毎回のブログに追加して「さらに長文読める読解体力がある人限定」に、「こぼれ話」というものを作ってるんですが。

前回の「こぼれ話」が本編以上に好評で、胸が熱くなったとかプリントアウトして何回も読んだなどと言ってもらえて嬉しかったので、「アゴラ」と「ハフィントンポスト」向けに・・・・つまりはそれなりに長い文章でも読めそうな人に出会えるだろう媒体向けだけに、再構成してアップすることにしました(さらに、この記事自体結構言いたいことがコンパクトに言えた記事になったので、自ブログにも転載することにしました・・・さらに転載されることもあるかも)。

あえて京大受けてみると人生変わるかも?という話

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今回のブログ、タイトルは非常に特殊な話をするようですが、「東大と京大はこんなに違う」というような具体的な話をネタにしながら、一般的には、

・「偏差値的序列だけじゃない自分の将来のイメージを考える大学の選び方」
や、
・過去10年の「活躍できる性質」と今後10年の「活躍できる性質」は変化が見られるはずだ
というような話をします。

『逃げ恥』が教える「自分らしく生きる」の本当の意味

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あけましておめでとうございます。昨年の私は普段の仕事的にはそれなりに一歩ずつ経験積んで進歩してこれた感あるんですが、いかんせん本出したりネットに上げた文章が広く読まれて・・・という方向での活動としてはなんだか何もやってないも等しいような印象になりそうで、正直ちょっと焦ってもいます。

ただ今は、焦って本やブログを書いても、よくある「右や左の紋切り型」にしかならない難しい状況に世界がどんどんなっていくなあと感じていて、そうじゃなくて「個別の事例」と仕事で向かいあう中から立ち上がってくる何かを信じて積んでいきたい気分だというか・・・ま、もうこの歳になると自分はマイペースにしか生きていけない人間だってところは骨身にしみてわかっているので(笑)、相変わらずそういうペースで今後もやっていきますので見捨てないでたまに気にかけてやって下さい。

ちなみに、ブログ再移転しました。ブックマークされてる方は変更をお願いします。

新ブログトップページ↓
http://keizokuramoto.blogspot.jp



で、久しぶりのブログ更新、しかもブログ移転一回目・・・がテレビドラマの話題ってなんてミーハーなって感じもしますが、2016年最大の(たぶん)ヒット作となった『逃げ恥』が超よかったので、年末だしそれについて書きます。

全体的に言って、「自分らしく生きる」っていう現代的に超超超言い古されたことについて、ちゃんと一歩ずつ考えて一歩ずつ実現していかなくちゃね!っていう気持ちになったところが凄く良いドラマだったと思ってます。夫婦で見てて毎週二回は泣いてました。

このブログはそういう方向で、

・『逃げ恥』のどこにこんな感動するのかって話
と、
・それはある種「運命へのニーチェ的向き合い方」なんじゃないかって話(より正確には”一連の実存主義哲学”)
と、
・「他人の人生を生きないで、自分の個別性(自分らしさ)を生きること」っていう「言い古されたこと」を私達が本当にちゃんとやりきるにはどうしたいいのか?
というような話に広がっていく予定です。